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ケンカした

昨晩、夫とケンカになった。ケンカと言っても、口論なのだけど。夫は元から家でじっとしてる人ではなかったけれど、離婚の意志を伝えてから、増々家にいつかなかくなった気がする。(そりゃそうか)話し合いや相談をしたくても、相手がいないのだから出来ないと言う事が多々あった。それでコミュニケーションの不足が多発している。(致し方ないよな)

少しまとまったお金をもらっていたのだけど、不動産屋に払ったり精油を買ったりしているうちに、どんどん減って行ってしまった。手元のお金が消えて行くのを見てると、少し不安になって来る。夫は残りのお金は分割で、あるいは先に渡したお金がなくなってから払いたいと言っていた。それでは困る。引っ越しまでは先にもらったお金で何とかなるけど、ヒーリングルームを始めて最初から食べて行けるだけの収入が見込めるとは言えないだろうし、私は残りのお金も年内に払って欲しいと伝えた。だって、これは離婚の為のお金なんだから、本来別れる時に全部払うべきお金でしょう?ウチは夫がずっと財布を握っていて、お金があるうちは夫が全部使ってしまったのだから、貯金しとかなかった夫が悪い。私に渡したお金もローン会社から借りている。まとまったお金を借りると金利もそれなりに大きな額になってしまうので、夫はそれをなるべく先延ばしにしたいらしい。でもそんなの、自分の都合じゃん?

「年内に払ってくれ」と言った時は「年内かぁ…う〜ん、でもその方がスッキリしていいのかな。」なんて言っていたクセに、本音では大きなローンと金利が発生するのが嫌だったらしく、「携帯、解約するって言うなら早くしてよ。どうせ暇なんだから、明日にでも行って来い」と言い、私がその言い方にカチンと来て「何で夫の指示に従わなきゃいけないの?(引っ越しの段取りとか考えて)私だって忙しいのに、何で暇だって決めつけるの?何で携帯の解約を最優先しないといけないの?」と言ったら「誰が金払ってると思ってるんだ!」とケンカに発展してしまったのだ。

ケンカ(口論)になると、夫はいつも私の言った事のオウム返しになる。「いつも自分の都合で(勝手に)決めるよね」と言うと「お前だってそうじゃないか。離婚を決めてから、全部お前の都合を優先して来た。離婚するって言ってるのに、なかなか出て行かないお前を俺はそれでも養ってやって来た。誰のお陰でここにいられたと思ってるんだ。」…こんな調子だ。夫の価値観では「金を稼いでいる事が最もエラいし、だからこそ稼いでいる自分に従うべきだ」と言っている。金が一番の権力なのだ。人間は金だけで生きていると思ってる。金が生命力だと思ってる。物質的にはそうでも、人間はそれだけで生きているのではない。金を稼ぐ事が悪いのでなく、夫は稼ぐ事で金だけに価値を認める人になってしまった。金より大事なものはないと思っている。夫は、何か大切なものを見失ってしまった。そしてそれに気付いていない。…そこが問題なのだ。

こりゃぁ何を言ってもラチがあかないやと思って、もう止めようと思って自分の部屋に行こうとすると「捨て台詞吐いて行くなよ」と言って、夫が付いて来た。その時、私は自分の内側の変化に気付いた。今までだったら口論をしてる最中や後は、胸がモヤモヤ・ムカムカして仕方がなく、頭もガンガン痛くなって気分が悪くなるのだけど、昨晩は自分の中が落ち着いていた。冷静だった。「あ、私、変わったな…」そう思った。夫がぐちゃぐちゃ文句を言っているけど、つまりはすぐに残りの金を払ってくれと言われたのが気に入らないんだと言うのも、気付いていた。でもそれも勿論、夫の都合に合わせる気はなかった。

「これだけの借金をするって事は、どれだけの利子が付くか分ってんの?(俺が別れるお前の為に、どれだけ苦労しなきゃいけないか分ってんのか?)」と言うので、自分の苦労しか見えていない夫にこう言った。「私は夫と違って何もないの。親もいない、(自分自身の)家もない、頼るものは何もないの。仕事してなかったから、社会的信用もないし。離婚したら、保証人になってくれる人もいない。引っ越す先に知り合いがいるでもないし、お客さんが来てくれるかも分らない状態で、何も見えない真っ暗な中に、ひとりぼっちで飛び出して行くの。その恐怖が夫に分る?もしかしたら、我慢して夫の稼ぎをあてにしてた方が利口なんじゃないか、私はバカなんじゃないかって、私だって散々迷ったの。…それをバイトしてお金を貯めておく事もせずに「甘い」だ?バイトなんかしたって、この不安は拭えないよ。何も持たずにひとりぽっちになる、この恐さが夫に分るの?分ってて、それでもそう言うの?」言いながら涙が込み上げて来て、しゃくり上げながら話し、過呼吸みたいになってしまった。

夫には、この家もある。仕事もしている。親も兄弟もいる。困った時には相談に乗ってくれる友達もいる。会社を辞めても今までの実績がある。慣れ親しんだ土地で、安心感がある。私が何も持ってない(あるいは失う)状態で、それでも離婚して自分の生活をゼロから始めようとする気持ちとは、一緒ではないのだ。夫に離婚するって決めたなら早く出てけと言われるのは、私にとっては何も掴めるものもないのに、真っ暗闇の中に落ちて行けと背中を押されるのに匹敵する言葉だった。

さすがにそれを言われて、夫は私と自分の立場が違う事に気付いた。そして、自分の立場や目線でしか考えてなかった事に気付いた。涙を流して頭を下げて謝った。「ごめん…」分ってくれたなら、私はそれでいい。「もういいよ、(分ってくれて)ありがとう」と言って夫の肩に手をかけた。

私はもう、ケンカが悪い事だと思わなくなった。避けようと思わなくなった。言いたい事だけ言って、途中で止めるとモヤモヤやイライラが残る。そしてまた別の機会にぶり返す。だけど、表面の不満を超えて本音が出てきた時に、何かが変わる。…変わった。

夫にも言ったのだけど、ほんとは私は不安を感じている事を言いたくなかった。自分で離婚を決めたのだから、強がりだと思われたとしても、これから何も持たずひとりになる恐怖を口にしたくなかった。隠し通して出て行きたかった。だけど、やっぱり内心は恐かったんだな。無意識に恐い気持ちを抑圧していたんだな。でも怖がっていたのは、人間としての自己。今の私は神性の自己が主導権を持って動いているけど、人間としての自己は私に、この事を通じて恐いと思ってる事に気付いて欲しかったのだと思う。自分の中で前に進む気持ちと不安な気持ちが同時にあって、それで流れが止まってしまったのだろう。アクセルとブレーキを、両方踏んでいたようなものだ。そんなにスピードを出したら事故っちゃうよと、人間の自己がアクセルを踏む神性の自己を信頼出来ず、ブレーキをかけていたのだ。

人は大きな成功を目の前にすると、いよいよだとなると、自分の内側に持っていた「ブレーキ」が浮上して来るものなのだな。リスクを負ってチャレンジするより、退屈でも現状維持した方が安全だと囁いて来る。だけど人は同じ繰り返しで退屈をすると、成長しなくなる。拡張しなくなる。自分の可能性を、そこまでだと限定する事になる。退屈すると、心が死ぬ。すると人は無意識に、ドラマを作り出すのだ。二元性の振り子に揺られる事で、生きている実感を味わおうとするのだ。(だとしたら、自分が二元性のドラマに捕われていると気付いた時、リスクを負ってでも自分の人生をチャレンジして創造しているのかどうか、よく考えてみる必要があるのかもしれない)

私は、気が付いたから大丈夫。自分の中に不安や恐怖があった事を自覚したから、もうリリース出来る。抜ける。自分は持っている事に気付いていないものは、解放出来ない。恐怖や不安を説得したり、なだめたり、操作しようとしないで大丈夫。「そっかそっか、私は恐いと思ってたんだ。」そう受け止めるだけで大丈夫。気付いたら、それだけでもう解放される。

今朝は目が覚めた時、頭がガンガン痛かった。だけど、起きて動いているうちに薄れて来た。今まで頭痛がする時って、頭の芯に何か岩のように硬い塊があった感じがしていたのだけど、やっぱりヌーロを受けてからそれがなくなった気がしている。まだ正直、その残骸みたいなものが残っているけど、もう塊ではなくなっている。…ストッパーだったのかな?(笑)私がリスクを負ってもチャレンジすると言う事を止めていた「留め金」だったのかもしれない。。。

今日はこれから、お風呂に塩と醗酵液を入れてゆっくり入ろうと思う。足を伸ばせるバスタブに入れる機会も、もう残り少ない。今度はユニットバスだから、お風呂と言うよりトイレ付きのシャワールームと言った方が近い。宅配ボックスも、浴室乾燥機も、雨でも濡れずにいつでもゴミを出せたマンション内のゴミ捨て場もない。でも、平気。

これからは、神性の自己と人間の自己を統合して進む。

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